飲酒は関節リウマチを予防する?
関節リウマチは生活習慣病ではないため、喫煙以外で日常生活で特に注意すべき点はそれほどないのですが、喫煙と同じく嗜好品として親しまれているお酒は、関節リウマチにどのような影響があるのでしょうか?まずは関節リウマチの発症リスクへの影響を見てみましょう。
飲酒のような環境因子と病気発症との関連を調べる研究には、「■■■という病気を患う方と患わない方●●●人ずつを集め、発症前に▲▲▲に暴露したことがあるかどうかを聞きました・・・」という症例対症研究から、「■■■という病気を発症していない方●●●●人を集め、その後何年~何十年と追跡し、追跡期間における▲▲▲への暴露や■■■の発症情報を随時入手し、期間終了後に▲▲▲への暴露のあった方となかった方で■■■の発症頻度に違いがあったか」という前向きコホート研究などがあります。後者の方がより正確で質の高い研究なのですが、前者に比べてはるかに人手も時間もかかりますので、これまでに行われた研究も多くはありません。そのような研究8つのデータをあわせて分析したという貴重な研究(引用論文1)が2014年に発表されていますので、紹介します。

2013年春までに発表された研究の中で、上記後者のような前向き研究8つを厳選し、それぞれの研究の質にもとづく比重を与えたうえで、アルコール飲酒量と関節リウマチの発症リスク(喫煙など他の危険因子について調整した上で)に関する分析結果をまとめました。得られた所見は図1に示しました通り、「ある程度の量までの飲酒であればむしろ関節リウマチ発症リスクを下げる」ことを示唆するものでした。
- 全く飲酒をされない方に比較して、中等量までの飲酒(15g/日程度まで)をされた方は、関節リウマチ発症リスクがやや低かった(0.86~0.93倍)。
- 大量(30g/日)に飲酒をされた方は、飲酒をされない方に比較して発症リスクが高かった(1.28倍)。
- 発症リスクが最も低かったのは、少量~中等量の飲酒をされる女性(0.81倍)だった。
- 「当該量のアルコール摂取をどのくらいの期間続けると関節リウマチ発症リスク低下につながるのか」という疑問に答えるのに十分なデータは提供されていない。

参考までに、「20g」のアルコールの摂取とは、おおよそ以下の飲料の摂取になります。
- 缶チューハイ (7%) 350ml (1缶)
- ビール (5%) 500ml (中瓶1)
- ワイン (12%) 200ml (ワイングラス2杯)
- 日本酒 (15%) 180ml (1合)
さらに、「関節リウマチ発症リスクが0.9倍に下がる」とは、現実的にはどんなことを意味するのでしょうか?生涯に関節リウマチを発症するリスクは(米国のデータ)、女性で3.6%、男性で1.7%と言われています(引用論文2)。ですので「0.9倍に下がる」とは、女性の場合リスクが3.6%から3.24%に、男性では1.7%から1.53%に下がるということです。もう少しわかりやすくこの数字を噛み砕いてみますと、アルコールを摂取しない女性100人のなかで、一生涯に関節リウマチを発症される方が3.6人いらっしゃるところ、アルコール摂取を100人全員がされた場合、一生涯に関節リウマチを発症される方が3.24人に減る、もっというと、278人の方がアルコール摂取を毎日された場合、本来なら関節リウマチを発症するはずであった方1人を関節リウマチから守ることができるに過ぎない、ということになります。男性の場合は588人の方がアルコール摂取を毎日されてやっと、本来なら関節リウマチを発症するはずであった方1人を、関節リウマチから守れる、ということになります。
他方、関節リウマチや他の膠原病の家族歴がある、他の自己免疫疾患を患っている、過去にドックで「リウマトイド因子が陽性」と言われたことがある、などの方におかれましては、生涯関節リウマチ発症リスクが「女性で3.6%、男性で1.7%」よりも高いですから、アルコール摂取による関節リウマチ発症リスク低下のインパクトは大きくなります。例えば第1度近親(両親、兄弟姉妹、子供)に関節リウマチの方がいらっしゃる方の生涯関節リウマチ発症リスクは2.4倍程度といわれていますので、女性の場合278人ではなく116人の方がアルコール摂取を毎日された場合、本来なら関節リウマチを発症するはずであった方1人を関節リウマチから守ることができる、男性の場合588人ではなく245人・・・という計算になります。
他方、アルコール摂取は様々な負の影響ももたらしえます。肝臓(アルコール性肝炎、肝硬変、肝がん)はもちろんのこと、がん(口腔がん、咽頭がん、喉頭がん、食道がん(お酒を飲むと顔の赤くなる方がアルコール摂取を頻回にされると特にリスクが高まります)、肝臓がん、大腸直腸がん、乳がんなど、様々な臓器のがんのリスクを上げます)、血圧、不整脈、心臓、脳、などです。飲酒時の言動により人間関係にも負の影響を及ぼしたり、就業にも負の影響を及ぼすこともありえます。また、関節リウマチの治療として内服されるお薬の副作用リスクにも影響しえます。例えばメトトレキサートを内服されている方が1日平均16gを超える量のアルコールを含む飲料を毎日摂取した場合、肝臓の数値が上がってくるリスクが高まります(引用論文3)。アルコール摂取は関節リウマチ発症リスクを下げるかもしれませんが、それ以外の健康リスクを高めた結果、総合的には負の影響を持つということになる場合も多々あるでしょう。単に関節リウマチ発症リスクへの影響だけでなく、他の要素も含め、合理的な判断を心がけましょう。
現存する中では信頼性の高い研究論文ですが、いくつかの問題ももちろんあります。まずアルコール摂取量については参加者の記憶にもとづく調査票回答結果を使っていること、関節リウマチ発症までのアルコール摂取期間についてのデータがないこと(つまり●●g/日のアルコール摂取をどのくらいの期間続けると関節リウマチ発症リスク低下につながるのか明確なデータを提供していない)、また、報告されているすべての研究の中から質の高いものを厳選されているのですが、報告バイアス、つまり研究者はアルコール摂取と関節リウマチ発症の間に関係性が見出された研究は発表するが、見出されなかった研究(ネガティブ結果の研究)結果は発表しないことが多いため(発表してもインパクトのある雑誌に掲載される可能性は低いため)、どうしても関係性の過大評価につながりやすい、などです。 最後に、アルコール摂取が本当に関節リウマチ発症リスクを下げるのだとしたら、どのようなメカニズムを通してでしょう?研究室レベルでは、アルコール摂取は、炎症局所に集まっている白血球らがお互いを刺激したり炎症を助長させるために分泌するサイトカインという物質の分泌を抑制したり、炎症を制御する抑制性のサイトカインの分泌を促進したり、さらに炎症に加担している白血球そのものの活性を落としたり、などのメカニズムが示唆されています。また、今回紹介したような研究は因果関係を証明するものではなく、アルコール摂取が、直接ではなく別の因子(交絡因子)を介して関節リウマチの発症リスクを下げているという可能性もあります。
ポイント
- 適度なアルコール摂取は、関節リウマチの発症リスクを下げるかもしれない
- データ抽出に用いられた研究は、いずれも記憶に基づく質問票回答に頼る研究であり、また摂取期間に関するデータもなく、発症リスクを下げるために必要な正確な摂取量/期間は明確にはしめされていない。
- アルコールが自己免疫を抑制するという実験室レベルでのデータはあるが、アルコール摂取が直接ではなく別の因子(交絡因子)を介して関節リウマチの発症リスクを下げている可能性もある。
- 「発症リスクの低下」のもつインパクトは、関節リウマチ発症リスクがもともと高くない方においてはそれほど大きくない
- アルコール摂取は、健康に対して様々な負の影響ももたらしえるので、単に関節リウマチ発症リスクへの影響だけでなく、他の要素も含め、合理的な判断を心がけるべきである。
引用論文
- Ann Rheum Dis 2014;73:1962–1967
- Arthritis Rheum 2011 Mar;63(3):633-9
- Ann Rheum Dis 2017;76:1509–1514